研究本部長からの一言

研究本部長からの一言

7.カイコ創薬のすすめ

  私は、「カイコ創薬」という創薬コンセプトを提唱したいと思います。これは、カイコを疾患モデル動物として用い、治療効果のある創薬リード化合物を探索し、製薬企業に導出する方法です。具体的には、以下の手続きがとられます。

(1) カイコを用いた病態モデルの構築
(2) 治療活性物質の探索
(3) マウスの病態モデルでの治療効果の検証

したがって、カイコを薬の材料にするとか、カイコで有用タンパク質の多量生産を行う、ということではありません。以下にそれぞれの点について、説明を試みます。

(1)カイコを用いた病態モデルの構築

 カイコには、ヒトにある様々な臓器に相当する臓器があります。カイコにも、血液があり、脳、神経系、筋肉、心臓、消化管、腎臓があります。ヒトにあって、カイコに無いものを挙げるのは容易ではありません。ヒトはいろいろな病気にかかりますが、カイコで、ヒトの病態モデルを構築することが可能なのです。私たちはこれまでに、カイコを使って、細菌感染症、真菌感染症、ウイルス感染症のモデルを開発しました。更に最近では、カイコの糖尿病モデルを作ることに成功しました。カイコが本当に糖尿病になるのか、とびっくりされる方もおられると思いますが、その詳細については、別の項で説明させていただくこととします。 カイコの病態モデルを構築するにあたっては、以下の2点を実現するようにしています。すなわち、死亡するなど顕著な症状があること、及び、ヒトの臨床で使われる医薬品がカイコでも治療効果を示すことです。これを利用して、次に述べる、医薬品シーズの探索が行われます。

(2)治療活性物質の探索

 天然物あるいは化合物ライブラリーから、カイコの病態モデルに対する治療効果を指標として、新たな医薬品のシーズを発見することが「カイコ創薬」の目標です。一般に医薬品の開発においては、動物実験による治療効果の評価は、主に試験管内での試験方法により探索された化合物について行われるのが普通です。「カイコ創薬」の画期的な点は、治療効果を指標に化合物を探索することです。ほ乳動物を用いた評価系では、コストや倫理的な問題のために、多くの動物個体を使って医薬品の候補化合物を探索することは困難です。しかしながら、カイコを使えば、それが可能になるのです。 天然物として私たちは、微生物の培養上清に着目しています。微生物は様々な物質を二次代謝産物として生産します。その中から治療効果を示す物質を、カイコを使って探し出すのが「カイコ創薬」です。天然物の場合は、粗画分中から活性を指標にして物質を精製し、構造を決定することが必要です。この点に努力が必要であることは言うまでもありません。 最近では、様々な化合物ライブラリーを利用できるようになっています。普通の化合物ライブラリーは、すでに合成方法が確立された既知化合物から構成されています。その中から新しい評価方法により、新たな医薬品候補化合物を探索することが広く行われています。「カイコ創薬」では、治療効果を指標にライブラリーの化合物を探索することになります。この方法では、見いだされた化合物をさらに有機化学的手法により改変し、構造新規な誘導体を得る必要があります。この段階では、有機化学者の協力を得ることが必要となります。

(3)マウスの病態モデルでの治療効果の検証

 通常、医薬品の治療効果評価は、マウスのようなほ乳動物を用いて行われます。したがって、カイコで治療効果を示しても、ほ乳動物を用いた実験で効果を示さなくては、医薬品シーズとして製薬企業に導出することはできません。カイコで治療効果を示した候補化合物については、マウスの病態モデルでの検証が必要です。これまでの私たちの抗生物質の研究からの経験では、カイコで治療効果を示すがマウスでは示さない化合物の例はほとんどありません。したがって、カイコを用いた探索により、動物実験の効率を飛躍的に高めることが可能となるのです。 実際の医薬品の開発においては、ほ乳動物で治療効果を示す候補化合物に対して、様々な毒性試験が実施されます。これは前臨床試験と呼ばれます。さらに、ヒトでの臨床実験を経て、医薬品としての承認を受けることになります。医薬品の開発は、長い年月を必要としますが、「カイコ創薬」はその最も上流の、ほ乳動物を用いる前の段階の探索段階において、大きな威力を発揮すると私は期待しています。

2011年8月26日

第1回 カイコシンの発見
第2回 ゲノム創薬の考え方に基づいた感染症治療薬の探索
第3回 体内動態指数
第4回 なぜカイコか?
第5回 効く薬と効かない薬
第6回 「ヒト」にあって「カイコ」に無いもの
第7回 カイコ創薬のすすめ
第8回 抗菌活性を有する薬剤の標的たんぱく質の同定方法