研究本部長からの一言

研究本部長からの一言

4.なぜカイコか?

 私たちが、カイコを医薬品の治療効果を評価するための実験動物として提案してから(Kaito et al. Microb Pathog, 32, 183-190, (2002))、10年近くが経過しました。その間、多くの方から、「なぜカイコに着目したのか?」という質問を受けてきました。

  ここであらためて「なぜカイコか?」という問に答えたいと思います。 2000年当時,私は、黄色ブドウ球菌のDNA複製に関する、遺伝学的並びに生化学的研究をしておりました。黄色ブドウ球菌の研究をしてゆく中で、常に考えたのは、どうしたら大腸菌の研究との差別化ができるか、という点でした。大腸菌にはなく、黄色ブドウ球菌が有する性質で最も顕著なのは、病原性です。細菌の病原性を評価する最も一般的な方法は、マウスなどのほ乳動物に注射して病気の発生の有無を調べることです。しかしながら、ほ乳動物を使う実験は、SPFと呼ばれる病原菌による感染が無いことを証明した動物を使う必要があります。SPF動物を使った感染実験は膨大なコストを必要とし、現実的に大学での研究はきわめて困難です。そこで私は、病原性を評価するためのいろいろな動物を探しました。カエル、グッピー、ミミズ、サソリ(中国で食用に大量飼育しています)など、実験に使用しうる様々な動物に黄色ブドウ球菌を注射した結果、カイコにたどり着いたのです。カイコの一番の特長は、一年中いつでも、安価に大量の動物を扱える点です。この点で、現在の日本に於ける研究環境で、カイコに勝る動物はいないと私は考えています。カイコのような昆虫を使って、感染実験や治療薬の評価ができるか、最初は不安でしたが、実際にやってみると、病原菌による「感染」と抗生物質による「治療」を実現することができました。また、研究を開始したときには予想しなかったのですが、抗生物質の治療有効量(ED50)について、カイコで得られた値とほ乳動物での値を比較すると、驚くほどよく一致していました。

 多くの製薬企業の研究者が、マウスなどの実験動物での結果とヒト臨床での結果が乖離していることを指摘します。そのような方から「カイコなど論外」というおしかりを受けることがあります。しかしながら、一方で、ヒトとカイコの結果が一致している局面があることも事実なのです。カイコでもほ乳動物で見られる、P450による第一相の薬物代謝と、それに引き続く抱合反応が起こります。カイコにも肝臓や腎臓に相当する機能を示す臓器があるのです。最近、動物愛護の視点から、多数のほ乳動物を医薬品の効果判定のために犠牲にすることが困難になってきました。カイコを用いた評価系を導入することにより、開発に必要なほ乳動物の数を大幅に軽減することができると私は考えています。 当初は、細菌の病原性を安価に評価するために苦し紛れに用いたカイコでしたが、現在私たちの研究室では、様々な病態モデルをカイコで構築することができています。細菌感染症の外、真菌やウイルス(カイコにはバキュロウイルスという、昆虫に共通して感染するウイルスがあります)による感染症と抗生物質や抗ウイルス物質による治療系が構築可能です。また、最近私たちは、カイコの餌にブドウ糖を添加することにより、高血糖モデルを構築することに成功しました(Mastumoto et al. PLoS ONE 6(3): e18292 (2011))。私はこのモデルが糖尿病の治療に有効な新規化合物の発見に役立つと期待しています。さらにまた、肝臓病モデルも構築可能です。カイコには、自然免疫と呼ばれる免疫系があり、これはヒトの免疫系と共通しています。このように、カイコはヒトが有するほとんどの臓器に対応した臓器を持っています。カイコにも、脳や神経系、筋肉、消化管、心臓、そして、腎臓に相当するマルピギー管と呼ばれる臓器があります。したがって、原理的にはヒトが罹患する多くの病気のモデルをカイコで作ることができるはずです。今後私たちは、カイコを使った様々な病態モデルの確立に尽力して参りたいと考えております。

2011年7月7日

第1回 カイコシンの発見
第2回 ゲノム創薬の考え方に基づいた感染症治療薬の探索
第3回 体内動態指数
第4回 なぜカイコか?
第5回 効く薬と効かない薬
第6回 「ヒト」にあって「カイコ」に無いもの
第7回 カイコ創薬のすすめ
第8回 抗菌活性を有する薬剤の標的たんぱく質の同定方法