研究本部長からの一言

研究本部長からの一言

5.効く薬と効かない薬

 新規抗菌治療薬の探索において、治療効果を確認することは大変重要です。試験管内で抗菌活性を示す化合物は、天然物や合成有機化合物の中から容易に見いだすことができます。しかしながら、動物を用いた感染治療実験で治療効果を示す化合物はきわめてわずかです。これは、大部分の化合物は体内動態に問題があるからです。敗血症治療薬について考えてみましょう。経口摂取した薬が効くためには、腸管から「吸収」される必要があります。分子量が500を超える化合物は殆どの場合、腸管から吸収されません。さらに、腸管から血管内に移行した薬は、血液内に「分布」する必要があります。有機合成された化合物は多くの場合、疎水的性質を有しており、注射後直ちに組織に分布し、血液から消失してしまいます。また、腸管を経て肝臓に到達した薬は、P450による「代謝」から逃れなければなりません。一般に、代謝された化合物には治療活性がないからです。また、腎臓などによる「排泄」の機構により、血液内の化合物は、動物個体の外へ捨てられてしまいます。血中から直ちに除かれてしまう化合物は、血液内の細菌に作用することができません。以上述べましたように、薬物の体内動態は、「吸収Absorption」「分布Distribution」「代謝Metabolism」「排泄Excretion」の4つの要素により支配されます。これらの要素は、それぞれの英単語の頭文字をとってADMEと呼ばれます。効く薬は、ADMEが良くなくてはなりません。さらに、「毒性Toxicity」が無いことは薬が効くための必要条件です。これらを合わせて、ADMEtと呼ばれます。ADMEtが良い化合物を見いだすことが、効く薬を発見する上で、鍵となります。

 従来、薬の候補化合物のADMEtは、マウスなどのほ乳動物を用いて評価されてきました。しかしながら、多数のほ乳動物を犠牲にすることは、コストばかりでなく、動物愛護の視点からも問題であるとされるようになってきました。私たちは、薬の候補化合物のADMEtを評価するための新しい実験動物として、カイコの有用性を提唱しています。カイコをマウスなどのほ乳動物を使う評価系の前段階として用いることにより、現在動物実験で問題となっている点を効率よく克服できると私たちは考えています。実際、最近私たちは、「カイコシン」と命名した、マウスの感染モデルで治療効果がある新規抗生物質の発見に成功しました。私たちのような小規模の研究グループがこのような発見に到達できたのは、カイコを評価系として用いたからです。  ADMEtの問題は、抗菌治療薬ばかりでなく、全ての医薬品にとって大切です。今後多くの疾患領域における治療薬の評価において、カイコが活用される時代が到来すると私は考えています。

2011年7月14日

第1回 カイコシンの発見
第2回 ゲノム創薬の考え方に基づいた感染症治療薬の探索
第3回 体内動態指数
第4回 なぜカイコか?
第5回 効く薬と効かない薬
第6回 「ヒト」にあって「カイコ」に無いもの
第7回 カイコ創薬のすすめ
第8回 抗菌活性を有する薬剤の標的たんぱく質の同定方法