研究本部長からの一言

研究本部長からの一言

3.体内動態指数

  一般に化合物の抗菌活性は、試験管内で菌の増殖を抑えるのに必要な最小濃度(MIC, Minimum Inhibitory Concentration)で表されます。MICの価が低いほど強い抗菌活性を有する物質であることになります。従来の抗菌薬の探索に於いては、MIC値が小さい化合物を得る努力がなされてきました。しかしながら、MICが低くとも、体内動態に問題がある化合物は、治療効果を示すことはありません。一般に知られていることですが、試験管内で抗菌活性を有する化合物(すなわちMICが示される化合物)のうち、動物実験で治療効果を示す化合物は1%以下でしかありません。殆どの化合物は、体内動態に問題があるのです。

 一般に薬物の治療効果は、治療を示すのに必要な化合物量、すなわち、ED50という値を指標として評価されます。ED50というのは、50%の個体を治療できる量のことです。抗菌化合物の体内動態が理想的によい場合、ED50とMICは一致します。ED50とMICの比が小さい値を示すほど、体内動態がよいことを意味しています。逆にこの比が大きい化合物は、体内動態に問題があることを意味しています。私たちは、ED50とMICの比を体内動態指数と呼んでいます。

 私たちは、カイコの感染モデルにおいて、体内動態指数が小さい化合物を検索しています。そして最近、治療活性を有する新規抗生物質「カイコシン」の発見に成功しました。体内動態指数が小さいことは、抗菌治療薬としての必要条件であると私は考えています。驚くべきことに、多くの薬物の体内動態指数は、カイコでもほ乳動物でも良く一致した値を示します。実際にヒトの臨床で使われている抗菌治療薬は、カイコの系でも、小さい体内動態指数を示します。これまで、抗菌治療薬の探索において、体内動態指数に注目した例はほとんどありませんでした。これは、候補化合物の治療活性を評価するED50を求めることが簡単ではなかったからです。しかしながら、カイコを利用すれば、マウスなどのほ乳動物を用いる場合に比べ、はるかに安価で、しかも倫理的問題を引き起こすこと無く、ED50を求めることができます。ED50に対して、MICは、細菌学の実験設備を持っている研究室ならば簡単に求めることができます。

 したがって、ED50さえ求めることができれば、直ぐに体内動態指数を計算することが可能です。従来の抗菌治療薬の探索においては、MICを指標にした探索が行われてきましたが、私は、体内動態指数を指標とした探索の重要性を提案したいと思います。

2011年7月7日

第9回 自然食品のエビデンスを得るためのカイコの利用
第8回 抗菌活性を有する薬剤の標的たんぱく質の同定方法
第7回 カイコ創薬のすすめ
第6回 「ヒト」にあって「カイコ」に無いもの
第5回 効く薬と効かない薬
第4回 なぜカイコか?
第3回 体内動態指数
第2回 ゲノム創薬の考え方に基づいた感染症治療薬の探索
第1回 カイコシンの発見